CARTIER TORTUE

カルティエ トーチュ

カルティエ トーチュの相場

下記のCartier カルティエ買取査定額は、新品商品(全く使用していない商品で傷なし、保証証有効期限内、箱あり)の買取上限価格です。
商品の状態、人気度、付属品の有無によって、買取査定額は上下することがあります。
そのために、下記の Cartier カルティエ買取査定額に買取をできない場合がありますので、下記Cartier カルティエ買取査定額についてはひとつの参考としてご覧くださいますようにお願いいたします。
※預かりの場合のCartier カルティエ買取査定額は、買取査定額より若干下回ります。

CARTIER TORTUE(カルティエ トーチュ) 取扱い品目一覧
カルティエ トーチュ
型番
素材 ステンレススチール+YG
買取額 1,100,000円前後
カルティエ トーチュ
型番
素材 18金WG
買取額 1,200,000円前後
CARTIER TORTUE(カルティエ トーチュ)について
カルティエの創業

1847年のこと、一人野望を持った若い宝石職人が小さな宝石店を開業します。若者の名はルイ=フランソワ・カルティエ、後に世界の一流ブランドに成長するカルティエの創業者です。ルイ=フランソワは若い優秀な職人でしたが、それだけにとどまらず宝石デザイナーとして、さらにビジネスマンとしても類まれな才能を発揮します。最初の店舗は小さいながらもフランスのヌーヴ・デ・プティ・シャン通りに面していて、フランス国王のオルレアン公の住まいから近くにありました。名門一族の住まいの近くに店舗を構えれば、こちらに訪れる富豪や貴族が、自分の店舗に訪れるに違いないというルイ=フランソワなりの読みがあったからです。

ヌーヴ・デ・プティ・シャン通りに開店した最初の店舗はとても繁盛しましたが、ルイ=フランソワはさらなる拡大を目指して、1859年に店舗をパリのオペラ座付近に移転します。当時のパリは大きな改革が行われていて、世界で最も美しい街と呼ばれるほどになっていて、パリの富豪や貴族がたくさん集まっていました。すでに名が知れ渡っていたルイ=フランソワの店舗は、パリでも瞬く間に盛況をきわめて、特に皇妃ユゥジェニーがカルティエに製品をオーダーしたことから、宮廷御用達の宝石メーカーとしてフランスのみならずヨーロッパ中の貴族に知れ渡ることとなりました。

カルティエ息子たちの活躍

ルイ=フランソワが自社をヨーロッパ中に広めたのち息子のアルフレッドが跡をつぎ、その後はアルフレッドの3兄弟がカルティエを更に大きな宝飾メーカーとして成長させます。その3兄弟の名はルイ、ピエール、ジャックで、フランスの宝飾メーカーだったカルティエをロンドン、さらにニューヨークにまで発展させて、世界のカルティエとしての礎を築くこととなります。

3兄弟のひとり ルイは、当時のカルティエのガーランド・スタイルを確立させて、宝飾品の台座に使われていた材質をシルバーからプラチナに変更させる改革を行いました。シルバーは時間が経つにつれて酸化のために汚くなってしまうために、ダイヤとの色調の相性が良いプラチナを採用したのでした。

次男ピエールは、1909年にアメリカニューヨークに支店をつくりました。当時のアメリカの成長力は著しいものがあり、アメリカの市場で自社ブランドを浸透させることが出来れば大きな成長につながると読んだのです。実際に当時のアメリカでは、カルティエのヨーロッパの伝統ある繊細なデザインが受け入れられて、カルティエニューヨーク支社は大きく成長しました。

三男ジャックは1902年にロンドン支店を開設しました。イギリスロンドンでは自国フランス以上にカルティエのガーランドスタイルが受け入れられて、ロンドン支店は大きな成長をすることとなりました。特にイギリス国王のエドワード7世に「王の宝石商、宝石商の王」という賞賛を受けたことが、その後のカルティエが皇族、貴族の宝石商、富裕層、セレヴリティのためのジュエリーメーカーというイメージが強くなる一因と言われています。

時計メーカーとしてのカルテイエ

ジュエリーメーカーとしての印象が強いカルティエですが、時計に関してはどうでしょうか。世界で有名な時計メーカーと言えばロレックス、オーデマピゲ、パテックフィリップなどのメーカー名が浮かびますが、カルティエの時計はこれらのメーカーの時計とは少し違う印象があります。ロレックスをはじめ、時計専業のメーカーは時計の性能を究極までに突き詰めて、それを普通に一般人が使える製品として世に広める姿勢が感じられます。一方、カルティエは時計の性能にはこだわりつつも、誕生がジュエラーであったために、時計のデザイン、美しさ、言葉に言い尽くせない曲線の使い方など、時刻を刻む道具である時計にも美意識のようなものを感じます。もちらん、どちらがすぐれているかどうかという話ではなく、感覚の問題でいずれの時計メーカーも後世に受け継がれる伝統あるメーカーであることは間違いないと思います。