HERMES

エルメス

エルメス
エルメスの相場

下記のエルメスバッグ買取査定額は、新品商品(全く使用していない商品で傷なし、保証証有効期限内、箱あり)の買取上限価格です。 商品の状態、人気度、付属品の有無によって、買取査定額は上下することがあります。 そのために、下記のエルメスバッグ買取査定額のとおりに買取をできない場合がありますので、下記の買取査定額についてはひとつの参考としてご覧くださいますようにお願いいたします。 ※質入れの場合のエルメスバッグ質入れ査定額は、預かり期間中の査定相場の下落を考慮するので、買取査定額より10%から20%若干下回ります。

HERMES(エルメス) 取扱い品目一覧
エルメス
素材 トリヨン
買取額 150,000円前後
エルメス
素材 エプソン
買取額 100,000円前後
エルメス
素材 カーフ
買取額 100,000円前後
エルメス
素材 トリヨン
買取額 250,000円前後
エルメス
素材 コットン
買取額 25,000円前後
エルメス
素材 キャンバス+革
買取額 70,000円前後
エルメス
素材 ナイロン
買取額 30,000円前後
エルメス
素材 キャンバス+革
買取額 200,000円前後
エルメス
素材 キャンバス+革
買取額 200,000円前後
エルメス
素材 トリヨン
買取額 300,000円前後
エルメス
素材 トリヨン
買取額 300,000円前後
エルメス
素材 トゴ
買取額 700,000円前後
エルメス
素材 アルデンヌ
買取額 120,000円前後
エルメス
素材 トゴ
買取額 700,000円前後
エルメス
素材 トリヨンクレマンス
買取額 700,000円前後
エルメス
素材 ヴィブラート
買取額 1,000,000円
エルメス
素材 ヴォーグレネクシュベル
買取額 800,000円前後
エルメス
素材 トリヨン
買取額 1,100,000円前後
エルメス
素材 ヴォーグレネクシュベル
買取額 800,000円前後
エルメス
素材 ヴォーグレネエプソン
買取額 1,000,000円前後
エルメス
素材 トゴ
買取額 1,350,000円前後
エルメス
素材 アルデンヌ
買取額 900,000円前後
エルメス
素材 クロコダイルニロティカス
買取額 8,000,000円前後
エルメス
素材 エプソン
買取額 150,000円前後
HERMES(エルメス)について
エルメス(HERMES)について

エルメス(HERMES)は1837年にフランス パリのマドレーヌ地方で、高級馬具の工場としてティリア・エルメスが創業しました。当時の交通手段は馬車が主だったために、馬に馬車を取り付け固定するための鞍が必需品でした。エルメス(HERMES)は、貴族や富豪がこぞって馬車の利用を増やしているのをみて、馬の鞍の製造に特化して高品質で大量の馬具を販売するビジネスモデルを確立しました。
エルメスの販売する馬具や鞍は当時の貴族や富豪に支持され、エルメスの名は一躍有名になりました。

オータクロア誕生について

1880年頃からガソリンエンジンによる自動車が普及し始めると、馬車の需要は下火になり始めます。
エルメスの3代目社長 エミール・モーリス・エルメスは、自動車が普及すれば馬車の需要が無くなり、馬具や鞍の需要が衰退することをいち早く感じ取っていました。そこで社長のエミール・モーリス・エルメスは、自社の革を加工する技術を生かして鞍を入れるバッグの製造を始めます。1892年にこのバッグはオータクロアとして発表されることになり、エルメスが高級バッグメーカーとしての転身をはかる記念すべき作品になりました。
もともとエルメスは貴族や王族、富豪に絶大な支持を受けていたほどの、皮革の加工技術を持ったメーカーだったので、製造するバッグのクオリティは大変高く、鞍同様に富裕層の絶大な人気を博することになりました。後にオータクロアは鞍を入れるだけでなく旅行かばんとして利用され始めるなど、エルメス=高級皮革バッグメーカーとしての認知度が高まりました。

ケリー誕生について

1930年代の女性のかばんは、いろいろな装飾を施されたかばんが一般的でした。エルメスの4代目社長であったローベル・デュマ・エルメスはこうした流行に疑問を持っており、かばん本来の美しさをもった作品を作りたいと考えていました。オータクロアをベースに製作されたローベル・デュマの作品は、映画女優からモナコ公妃になったグレース・ケリーの目に留まり、様々な色のかばんを発注するほどに気に入っていました。1956年のこと、車から降りようとしたグレースケリーを記者が撮影しようとしたとき、すでに懐妊していた彼女のお腹をガードしたのが、このかばんだったと言われています。この写真雑誌が掲載したグレース・ケリーとかばんの写真は、瞬く間に世界中に広まり、これ以来このかばんは「ケリーバッグ」と呼ばれるようになりました。それ以来、ケリーバッグは現在まで製作が続けられており、ケリー・カット、ケリー・リラックス、ケリー・ラキス、ショルダー・ケリーなどのたくさんの種類、色、素材などが発表されています。

バーキン誕生について

バッグ バーキンの登場は、オータクロア、ケリーと比較してかなり最近の出来事です。1983年にエールフランスのパリ~ロンドンの飛行機内での出来事がそのきっかけになりました。当時女優であり歌手でもあったジェーン・バーキンとエルメス社長のジャン=ルイ・デュマ・エルメスが偶然にも隣同士に座ることになったのです。ジェーンとジャン=ルイ・デュマは、フライトの短時間の間にすっかり仲良くなり、たまたまジェーンがエルメス製の手帳を床に落としてしまったために、挟んであったメモ用紙が床に散らばってしまいました。そのメモ用紙を拾いながらジェーンは「これだけのメモ用紙を挟む手帳はどこにもないし、バックはポケットが足りない」とこぼしたと言われています。
ジャン=ルイ・デュマはここで初めて自らの身分を明かして、エルメスの工房であなたの理想とするバッグを製作してみましょう、と提案しました。そして飛行機内でジェーンの語る理想の鞄をスケッチして自社の工房に持ち帰ります。後にジェーンとジャン=ルイ・デュマは工房で再開し、スケッチされたバッグはエルメスの職人によって作品に仕上げられました。この鞄は平らな底で十分な容量があり、開いたまま使っても、閉じて使っても上品な印象の鞄でした。一目でエルメスの鞄であることがわかる2本のベルトが高級感を醸し出しています。こうして誕生した鞄 バーキンは、発表から30年以上たった今のエルメスバッグの象徴的なバッグになっています。