FRANCK MULLER

フランクミュラー(取扱い品目一覧)

カサブランカ、コンキスタドール、ロングアイランド、マスタースクエア、ヴァンガードなど長年培った鑑定眼で、誠実に高価査定させて頂きます。
フランクミュラー
創業 大正 9 年の老舗フランクミュラーの質入れ・買取なら、須賀質店にお任せください

フランクミュラー買取査定額は、新品商品(全く使用していない商品で傷なし、保証証有効期限内、箱あり)の買取上限価格です。 商品の状態、人気度、付属品の有無によって、買取査定額は上下することがあります。 そのために、下記のフランクミュラー買取査定額のとおりに買取をできない場合がありますので、下記の買取査定額についてはひとつの参考としてご覧くださいますようにお願いいたします。

※質入れの場合のフランクミュラー質入れ査定額は、預かり期間中の査定相場の下落を考慮するので、買取査定額より10%から20%若干下回ります。

フランクミュラーの査定相場

須賀質店ではフランクミュラー(FRANCK MULLER)の時計については全てのモデルで、新型はもちろん中古品でも何十年前のモデルでも買取を強化しています。フランクミュラー(FRANCK MULLER)の時計であれば、附属品や箱、保証書が無くても買取、質入れできるので、安心して須賀質店にお持ちください。また、フランクミュラーの時計は不調になった場合、並行輸入品ではメーカー修理が受けられないために、買取査定、質入れ査定を断られることが有りますが、須賀質店ではこうした「メーカー修理の受けられない時計」でも修理できるルートがあるので、他店で断られた場合でもご相談してください。

フランクミュラー(FRANCK MULLER)は複数のモデルがあって、カサブランカ、コンキスタドール、ロングアイランド、マスタースクエア、ヴァンガードなど、いずれのモデルでも高価買取査定、高価質入れ査定いたします。さらにムーブメントの種類、ケースの材質まで含めれば、とても多くの種類の商品がありますが、須賀質店のスタッフはこれらのすべてのモデルの取り扱いの経験が多数あるので、安心して買取、質入れ共にお任せください。

須賀質店は、創業大正9年 まもなく創業100年になる質屋で、長い歴史の中で全国の高級時計オークション市場の落札結果を収集、分析して業界最高値を提示するシステムを作り上げました。また、海外のオークション市場や外国人バイヤーの情報も取り入れて、業界最高買取価格、質入れ価格の提示に努めています。特に、フランクミュラーの様な並行輸入品の修理を受けられない時計でも、修理できるルートを確保しました。さらに、都内に3店舗、池袋、渋谷、五反田と、いずれも駅から徒歩圏に店舗があります。他社で低い査定価格しか付かなかった時でもあきらめずに須賀質店に相談してみてください。フランクミュラー(FRANCK MULLER)の時計の高価買取、高価質入れをご希望であれば、須賀質店にお問い合わせくださいますようお願いいたします。

フランクミュラー 取扱い品目一覧
カサブランカ
CASABLANCA
ロングアイランド
LONGISLAND
コンキスタドール
CONQUISTADOR
マスタースクエア
MASTERSQUARE
トノーカーベックス
TONNEAUCARBEX
ラウンド
ROUND
フランクミュラーの査定のポイント
フランク・ミュラーについて

1958年のこと、フランク・ミュラーはスイスのラ・ショード・フォンでで誕生します。後の機械式時計の世界で、「天才」「革命児」と呼ばれることになるこの男性は、幼い時から機械に関しては特別な興味と関心を示していたようでした。当然のことながら、時計業界での活躍を夢見ていたフランク・ミュラーはジュネーブの有名な時計専門学校に入学し、優秀な成績で卒業することとなります。彼の成績は、当時の既存の時計メーカーの間でも有名だったために卒業後はロレックス等、複数のメーカーから就職の誘いを受けることになりますが、これらの誘いをすべて断って、まったく独立した時計技術者として活動する道を選びます。

当時のスイス時計メーカーは、ロレックスをはじめオメガ、ブライトリング等、そうそうたる世界的にも有名な大手メーカーが大量生産で機械式時計を生産している時代でした。フランク・ミュラーがどんなに優秀であっても、個人で大手メーカーに対抗することは無理がありましたが、ここで一人の時計技術者が当時のフランク・ミュラーを支援します。彼の名はスヴェン・アルデルセン、パテックフィリップにも所属したことがあるこの独立系の時計技術者は、大手メーカーが取り扱えないような新機構の開発や、特殊パーツや複雑部品の製作のオーダーを受注する程の技術と経験を持っていました。時計専門学校を卒業したフランク・ミュラーは、スヴェン・アルデルセンの工房に弟子入りして、アンティーク時計の修理や、複雑機械式時計のメンテナンスなどを経験しながら、自身の才能と技術力を高めてゆくことになります。

28歳の若さで時計業界にデビュー

1986年開催のバーゼルフェアにおいて、フランク・ミュラーは28歳の若さで時計業界にデビューをします。当時のフランク・ミュラーは若干28歳、どこの時計メーカーにも属さない独立個人の時計技術者としての作品の発表でしたが、その時計がなんと「トゥールビヨン機能の付いた腕時計」であったのです。「トゥールビヨン機能の付いた腕時計」の製作は当時としては珍しかったために、フランク・ミュラーの名前は一躍世界に広まることになりました。アンティーク時計の修理やメンテナンスの経験から得たアイデアを基に、その後は次々とトゥールビヨンをはじめ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー、スプリットセコンド等、複雑機能を組み込んだ腕時計を開発し、その天才的な技術力から「ブレゲの再来」とまで賞賛されました。

フランク・ミュラーは天才的な技術力と発想力で、高度な時計のメカニズムの開発を続けていましたが、その他時計のデザインについても、現代人の使用に合うような独特なアイデアを持ち込みました。複雑機械式時計というと、どうしても堅苦しいイメージが付いて回るところに「トノウ・カーペックス」という、樽型でありながらどこから見ても立体的に見える曲線を採用したフランク・ミュラーのデザインは、文字盤に描かれたビザン数字と相まって、高度な技術の詰まった複雑時計に、洗練された雰囲気やちょっとした遊び心を加えているといえるでしょう。

自身の名を冠した会社「フランク・ミュラー」創業

時計のデザインについても独自のデザインを得たフランク・ミュラーは、1992年に自身の名を冠した会社「フランク・ミュラー」を創業することになります。自身が開発した複雑時計を、洗練されたトノウ型のケースに収めて販売を開始しようとしたときに、思わぬ問題が発生します。それは洗練されたスタイリッシュな「トノウ・カーペックス」のケースが、デザインが複雑すぎて量産できないということでした。当時のスイスには複雑なトノウカーペックスのデザインを製作できるメーカーはなく、できたとしても新興メーカーを相手にするような融通の利くメーカーは有りませんでした。

悩んでいるフランク・ミュラーのもとに、ある人物が声をかけます。自分ならばこのケースを量産する技術がある、そう持ちかけたのは当時ケースメーカーとして活動していたヴァルタン・シルマケスです。ヴァルタン・シルマケスはアルメニアに生まれてジュネーブで宝石商として活動していました。フランク・ミュラーの時計を見た彼は、この時計は機能もデザインも素晴らしい、若い個人の起こした新興メーカーだが、将来の成功するに違いないと、フランクミュラーの仕事を受注するのです。ヴァルタン・シルマケスの協力を得て、フランクミュラーの時計は量産が開始されることとなります。